思いつき連載 VBA王子 ニューヨークへ行く #13
前回
#13
「あれ~、珍しい」
聞いたことのある声に振り返ると、自動販売機の前に川口瑞穂が立っていた。
「よう、川口」
なんでもない様子で普通に挨拶できる王子と、一気に全身がぎこちなくなる自分。差を痛感しながら、赤羽は軽く頭を下げた。「どうも」
「どうもどうも」言いながら、近づいてくる。
四人テーブルで、斜めに向かい合って王子と自分が座っていて、ここに一人追加。距離的には自分の隣の席が近いが、どうだろうか。
赤羽が右半身を緊張させていると、川口はある程度まで近づいて来て、立ったまま、ぷしゅと缶コーヒーを開けた。
「買い物?」
「うん、買い物」
「外、暑くなかった?」
「暑かったね~」
自然に、自然に。赤羽は会話に入るきっかけを探す。
(今の時期にこんだけ暑いってことは、12月なったらどんだけ・・・)
赤羽は自分の頭に浮かんだ台詞に寒気を感じ、少し体を震わせた。
いやいやいや。それはない。
「ところで、仕事サボって何の話してたの?」
「いやいや。仕事の話だよ、な?」
「うん、そうそう」
「ケンタがプログラミングをマスターしたって話」
「えー、すごいじゃん」
「そんなわけ・・・」
ジリリリリリリリリ―。
川口の首から下がった社内用PHSに、三人の視線が集まる。
「おっと。係長だ。じゃ、またね」
川口が去り、赤羽は、ふうと息を吐いた。
「慌ただしい奴だな・・・と、俺もか」王子はカバンの中から震えるスマホを取り出すと、じゃ、と言って立ち去った。
赤羽は自分が携帯電話を持っていないことを目視とタッチで確認した後、ゆっくりと立ち上がった。
次に会った時は、なんとか、川口さんに自分がVBAを教えるという話にできないだろうか。
「てゆうか、教えるほどになるまでにはどれくらい時間がかかるのだろうか」
あ、もしくは、同期三人で飲み会というのはどうだろう?
「同期なんだから、いいでしょ。問題ない。何も不自然じゃない」
自分から誘うのは無理だから、ここはぜひとも、王子に企画してもらおう。
「あいつは自然だからなあ」
表情を七変化させながら自席に戻った赤羽は、もぐもぐと口を動かす浮間の姿を視界に捉え、一瞬足を止めた。
「次に王子様と飲むときに私を誘わなかったら、どうなるかわかってるわね?」
とかなんとか、言われたような気がする。
そっちを先に済ませたほうがいいかな、と少し考えた末、赤羽はいつものように結論を保留にした。
軽く頭を振り、ファイルを開く。北浦に50点と評価された原因を突き止めなければならない。
値をセットして、ボタンを押す。
「うーん、動くけどな」
腕を組み、首をひねる。
「いや、そうか。ちゃんと動いてるって言ってくれたんだから・・・コードのほうか」
ノートを開き、自分で書き留めた注意書きを確認する。
それは、すぐに見つかった。
「そうかー、それか。いや、それだけか?」
赤羽がぶつぶつ言っていると、「楽しそうね」斜め後ろから、低い声がした。
「あ、すいません。また、独り言いってましたね」
「いいのよ、べつに。そんなことより」
「な、なんですか」
浮間の顔の圧迫感に、赤羽はのけぞりそうになる。
「王子クンと、いつになったら飲むのよ」
「あー、それですか」
浮間はスゴみのある笑みを浮かべた。「そう、それよ」
- つづく -