may the VBA be with you

Excel VBAとか業務自動化とか

思いつき連載 VBA王子 ニューヨークへ行く #12

前回

vba-belle-equipe.hatenablog.com

登場人物

赤羽健太

主人公

王子友哉

赤羽の同期。営業のエース候補

川口瑞穂

赤羽の同期。広報課。

浮間船子

赤羽の先輩。

  • 甘いものが好き
  • 辛いものも好き
  • 食べ物は大体好き
北浦和

おかっぱ頭。

#12

 赤羽が通常業務の合間を縫って地下の資料管理室に通うようになってから、一週間が経とうとしていた。
 長机の上が少し整理され、二人いても息苦しさをそれほど感じなくなった室内に、カタカタとキーボード音が響いている。
「ワックスかける、ハッ!」
「ふきとる、ハッ!」
「ワックスかける、ハッ!」
「ふきとる、ハッ!」
 背後の声を無視して、赤羽は目の前の画面と指先に神経を集中していた。
 kiokunigozaimasenn・・・「どうだ?」
 しばらくして、結果が画面に表示される。
 赤羽は、安堵のため息をついた。横で北浦は目を閉じ、腕を組んでうなずいている。
「よくやった、若者よ。しかしこれで終わりではないぞ。タイピングの道に終わりは―」 
「そのキャラなんなんですか。てゆうかさっきのかけ声もなんですか」
「まあ、修業っぽいかなと思いまして」
「・・・そうですか」
「とりあえず最低限打てるようになったみたいだけど、これからも練習しろよ。ほんと最低限だから。マジで」
「わかりましたから、そんなに言わないでください」
 北浦は細かくうなずいた後、大きくあくびをした。赤羽はつられないようにこらえた。
「タイピングの練習くらい大学でやってこいよな、まったく。パソコン使う職場でブラインドタッチできないなんて、あれだぞ? あれみたいなもんだぞ?」
「どれですか?」
「・・・なんかない?」
「ないです」
「じゃ、そういうことで、次はVBAの成果を見せてもらおう。見せてもらおうか、VBAの成果とやらの性能とやらを」
「今日、テンションおかしいですね」
 疲れてんだよ、と北浦は力無く笑った。

「おお、ちゃんと動いてるな。どれどれ、コードを見せていただけますかな? ふむふむなるほどね」
 何度もテストして、何度も見直したから、おそらく問題ない、はず。
 赤羽はドキドキしながら、北浦が操作するのを見守る。
「なるほどなるほど」北浦はにこやかに、発表した。「50点」
 
 赤羽が首をひねりながら一階に上がると、玄関に王子の姿が見えた。外回りから戻ったのだろう。
 王子は赤羽に気づくと、喫茶室の方向を指さした。赤羽はうなずいて返事をする。
 いくつかの自販機の近くに机、椅子が置かれただけのスペース。それが一階喫茶室だ。
 室ではないのではないか、という意見もありつつ人気スポットであり、社内で赤羽が落ち着ける数少ない場所の一つでもある。難点は、いつ行っても大体誰かしら知らない人がいて緊張する、ということだ。
 幸い、今は誰もいなかった。
「いやあ、暑かった」
 王子はスポーツドリンクをごきゅごきゅやった後、言った。
「大変だね」赤羽は無料の薄いウーロン茶が入った紙コップを傾ける。「今日は新規?」
「まあ、いろいろかな」
「そっか」
 赤羽は王子が、というより営業がどんな仕事をしているのか、あまりよく知らない。二人で酒を飲むときも、王子は自分の仕事について積極的には話さず、赤羽の話を聞きたがる。
「どうなんだ? VBAのほうは」
「うん、まあ、結構難しい、かな」
「そうか、順調か」王子はにやりと笑う。
「言ってないけど」赤羽は頬を膨らます。「あ、そういえば、王子はブラインドタッチできるんだっけ?」
「ま、人並みには」
「あ、そうすか」
「報告書とか、打つなら早いほうがいいしな。どうせどんな職場でもパソコン使うんだから、作業効率を上げるためには必要だと思った」
「で、大学時代に練習した?」
「ゾンビを倒すやつでな」
「意外だ」
「時々俺は思うんだ。何体ものゾンビの屍の上に、今の俺がある。なんて罪深い男だろう、ってな」
「ゾンビって、もともと屍じゃないすか?」




- つづく -