思いつき連載 VBA王子 ニューヨークへ行く #15
#15
赤羽はパソコンに向かって座っていた。
テケトンテントンテントン。ぐにゃぐにゃした緑色のキーをタイプするたびに音が響く。
「よし、これでお前はもうVBAマスターだ」北浦が言う。
「赤羽君すごーい」川口瑞穂が言う。
「やられたぜ、ケンタ。お前こそ、本物のVBA王子だ」王子が言う。
「で、いつ王子君と飲むのよ。いつなのよ」浮間がスペアリブにくらいつきながら言う。
「え? そりゃそうでしょ、夢でしょ。え? なんでかって、そりゃ、キミが寝てるからでしょ。え? なんで寝てるかって? そんなこと知りませんよ」係長が言う。
赤羽は空港を歩いていた。
マクロを修正したら田舎に帰ってフィアンセと結婚すると言っていたスティーブ。
俺はこんな小さい町で終わる人間じゃねえと言ってオハイオ州に旅立ったジャック。
敵のうちは手強いと思ったけど味方になったら意外とあれだったマイク。
ヴァネッサとずーっとUNOをしていた熱い夜。
一歩一歩、ゲートへと進む。この街での思い出を胸に刻みつけながら・・・。
「アディオス、USA」
そして、パスポートがないことに気づいた。探しても探しても、それは見つからない。
赤羽は目を開けた。ひどく喉が渇いていた。
台所で水を飲み、ふと時計を見ると夜中の3時。
リビングに置きっぱなしになっているノートパソコンをじっと見つめる。
「明日も仕事なんだけどな」
どうしても修正がうまくいかなかったマクロのことが頭に浮かび、回り始めていた。
もしかしたら、こうすればうまくいくんじゃないだろうか。
でも、いかないかもしれない。
試すしかない。
社内のシステムは持ち帰れないから、ここにない。故に、試すことはできない。
できないのだから寝るべきだ。
いや、似たようなものを作って試すことはできるかもしれない。
「あ、そうか」
似たようなものを作る技術がないことに納得し、赤羽は布団に戻った。
赤羽は荒くれものに取り囲まれていた。
「お前たち、その娘を離すんだ!」
「ほう、ずいぶんと威勢がいいことだ。この状況でそんなことが言えるとはな」
おさげ頭の娘の赤いほっぺたをつんつんしながら、一人のおかっぱ頭が言う。
「そこまで言うなら、このマクロをなおしてみな!」
飛んできたノートパソコンを赤羽は、バク転しながら両足でキャッチした。そして空中でキーを叩き、着地寸前に蹴り返す。
おかっぱ頭は親指と人差し指でキャッチした。そして画面を見て、目を見開く。
「げ、げぇ~! 修正するだけじゃなくて、わかりやすくコメントがつけてあるだと! き、きさま何者だ!」
赤羽は、ふっと笑うと、胸元に手を入れた。
「私、こういう・・・、あれ? こういう者・・・」
名刺入れがないことに気づいた。探しても探しても、それは見つからない。
午前中に、赤羽は想定したとおりの修正を完了させた。
「例のマクロ、修正できました」なるべく何でもないふうを装い、北浦に渡す。
「ほう、どれどれ」北浦は言い、マウスをカチカチとやった。
赤羽はひとつ唾を飲み込み、北浦が操作するのを見守る。
やがて、なるほどなるほど、と北浦はつぶやいた。「うん、ちゃんと動いてるな」
「・・・ですよね?」
「50点あげよう」
赤羽の目は大きく見開き、それから、ちゃぶ台が近くにないかなと周囲に向けられた。
「少年よ、やってられるかこんなもん! と投げ出すのはまだ早いぞ。お前にはまだまだ、学ばねばならないことがある」
「出た、変なキャラ」
「どうだ、次なる奥義を学ぶ準備はできておるか」
「・・・大丈夫です」
北浦はものものしくうなずいた。「えっと、それはどっちの大丈夫かな?」
赤羽は、にっこりと笑った。
- 第1部 完 -