思いつき連載 VBA王子 ニューヨークへ行く #11
前回
#11
「え? VBAの勉強? そりゃ、しなさいよ。しないとできないんでしょ? じゃ、しなさいよ。え? 通常業務は、やりながらに決まってるでしょ。え? 時間? 時間は作るんだよ。残業? 残業はつけちゃダメだよ。自主的に残るのは構わないけどさ。え? どういう意味かって? そりゃ、そういう意味だよ」
係長への相談終了後、赤羽は自席に戻って息をついた。飽きることもなく右手の爪を見ていた浮間が、すっと寄ってくる。
「いやあ、感心感心。赤羽君は、サービスいいね」
「しませんよ。サービス残業なんて」
「だよね。私も絶対やんない」
あなたは普通の残業もしないんです、と言うかわりに赤羽はうなずいた。
「でも、あんなにすぐになおせたんだから、キミにとってはお茶の子さいさいでしょ」
北浦から受け取ったファイルは赤羽が試し、浮間の手に渡っていた。うまく動いたようだ。
ということは北浦の言う通り、浮間がどこかいじった結果、うまく動かなくなっていただけ、ということだろう。
「さっきも言いましたけど、あれは、北浦さんがなおしてくれたんです。自分はまだ『こんにちは』って表示させることしか・・・」
「北浦って誰だっけ? ああ、あのおかっぱか」
「はい」
「てゆうか、お茶の子ってなんだろね」
「・・・なんでしょうね」
お茶の子について考えながら赤羽が地下に下りると、資料管理室は低いうなり声を発していた。
「・・・失礼します」
ドアを開けると、北浦はおかっぱ頭をきれいになびかせながら、陰気な目を向けてくる。赤羽は異常に気づかないふりをすることにした。
「浮間さんの件、大丈夫でした」
「・・・まあ、そうだろうな、あの女の場合。てゆうかこっちは大丈夫じゃなかったよ」
「何かありましたか」
「何かありましたよ。言ったよな? 蕨だけは来させるなって」
ああ、と赤羽は言った。
でも自分のせいじゃないんです。川口さんと話していたら蕨係長に聞かれていて、じゃあ私が行くってことになったので、それを止めるのは無理です。
とは言わず、胸の中に留めておいた。
「ああ、じゃないんだよ。おかげでこっちは滅茶苦茶仕事増えたんだぞ」
「大変ですね」
北浦は舌打ちした。
「大変ですね、じゃないよ。お前にもやってもらうぞ」
「え、無理ですよ」
「当たり前だ。だから、早く使い物になれ」
「ええと、なりたいのは・・・」
「やまやまです」
「え?」
「なりたいのはやまやまです、で終わりだ。『が』とか、いらん」
やまやまってなんだろう。
自分はやまやまになりたかったのだろうか。
赤羽は自分の胸に聞いてみようとしたが、すぐに意識を戻される。
「それから?」
「え?」
「お前んとこの係長に相談するって言ってただろ。1日あたり24時間までならVBAの勉強をしてていいって承認してもらったか?」
いえ、と赤羽はやりとりを説明した。
ふん、と北浦は鼻を鳴らした。
「まあ、どうせそんなとこだろう。通常業務は一切変わらないということなら、話は簡単だ」
「簡単ですか」
「通常業務を一瞬で終わらせろ。そうしたら、空いた時間にVBAの訓練ができる」
「そんな」
「無茶なってか? お前は何を見てたんだ。別のExcelファイルにシートをコピーして名前を変えるまで、一瞬で終わっただろ?」
「あ、そうですね」
「お前の業務で、マクロ化できる部分があれば、それだけ時間を短縮できるってことだ。だからとりあえず、洗い出しをするぞ」
「え、ひょっとして、マクロを作っていただけるんですか?」
「これは貸しだ」北浦は薄く笑った。「そのうち返してもらう」
「・・・なるほど」
そのうちが来る前になんとかしよう、と赤羽は心に決めた。
- つづく -