思いつき連載 VBA王子 ニューヨークへ行く #8

前回

vba-belle-equipe.hatenablog.com

登場人物

赤羽健太

主人公

王子友哉

赤羽の同期。営業のエース候補。

川口瑞穂

赤羽の同期。広報課。

浮間船子

赤羽の先輩。

  • 甘いものが好き
  • 辛いものも好き
  • 食べ物は大体好き
北浦和

おかっぱ頭。

#8

 ただでさえ狭い資料管理室が、パイプ椅子を一つ開いたことでほとんど身動きがとれなくなっている。
 赤羽は北浦の隣に座って説明を聞きながら、圧迫感と戦っていた。
「・・・とまあ、うちの会社にはVBAで作られたシステムがこれだけある」
 マウスとキーボードを流れるように操っていた北浦の動きが止まり、説明がひと段落したことに気付く。
「こんなにあったんですね」
「おおまかに言うと、VBAというのは、こういうシステムが作れるプログラミング言語ということになるが、いきなりそんなことを言われてもよくわからんだろうから、もうちょっと身近なところから説明してやろう」北浦は何か書いてあるかのように虚空を見つめて固まった後、続けた。
「例えばな、Excelファイルのシートの名前をテキストとしてコピーしたい時、どうする?」
「テキストとして?」
「例えば、Wordとか、メモ帳に貼り付けるために」
「ああ、なるほど」シートの名前、と何回かつぶやいた後、赤羽は言った。「コピーしたいと思った時、ないですね」
「な?」
「何が、な? なんですか」
「わかった。じゃあお前が普段の業務で使うExcelでやっている操作を見せてみろ」
「操作ですか? ええと、コピペとか?」
「・・・まあ、そこからでいいよ」
 
「あ、それにしよう」
 赤羽がよくわからないながらもExcelをいじっていると、しばらくして、北浦が指を鳴らした。
「え?」
「その、別のExcelファイルにシートをコピーして、名前を変えるってやつ」
「これ・・・をどうすればいいですか」
「それ、1つのシートにつきどれくらいかかるか、もう一回やってみろ」
「えっと、移動先ブックを選んで、コピーして」赤羽はマウスをカチカチと操作する。「右クリックして、名前を・・・変える。・・・こんなもんですね」
「なるほど。結構速いな」北浦は、にやりと笑う。
「何回もやってるので」
「ただ、シート名のルールが決まっているようであれば・・・」北浦はノートパソコンを自分の膝に乗せて、キーボードを叩き始めた。「こうすれば」
「打つの速いですね」
「何回もやってるからな。・・・さあ、このボタンを押すがよい」
「あ、はい」シートに表示されている「ボタン1」を、赤羽はクリックした。
「どうだ?」
「あ、コピーされました」
「シートの名前もちゃんと、和暦プラス月になってるだろ」
「あ、ほんとですね。すごい」
「で、これを実現しているのがこの部分だ」
「うわー、英語ですね」見覚えのないウインドウが現れ、赤羽は悲鳴をあげた。
「英語だ。けど、少しやれば気にならなくなる。プログラミングと英語力はほとんど関係ないぞ。実際、俺は英語全然わからん」
「え、そうなんですか」
「Ken go to the library までしかわからん」
「goes ですよ」
 まったく、と北浦は鼻から息を吐いた。「これだからインテリは」
「初めて言われました」

 階段を昇る赤羽の足どりは軽かった。
 自分のやっている業務が、まるでロボットに任せるかのように楽になるかもしれない。
 あれもできるかな、あれもめんどくさいんだよな、と手作業から解放されたい仕事が、次々に浮かんでくる。 
 行き先が広報課であることも、彼をご機嫌にさせていた。北浦に頼まれたおつかいのためだ。
「とりあえず、こっちの修正は、急いだほうがいい。ちょっと確認したいことがあるから、新人の女の子に言って、都合のいい時に来てもらってくれ」
「川口さんですか?」
「確か、そんな名前だったな」
 赤羽の中に、北浦に対する感謝の念が初めて生まれた瞬間だった。


- つづく -