思いつき連載 VBA王子 ニューヨークへ行く #7
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#7
駅を出て、職場へと続くサラリーマンロード。いつものように黒い集団が流れを形成していた。その多くがやや速足で、少しうつむき加減に見える。
赤羽は二日酔いの重い体を走行車線で進めていた。法定速度ギリギリのノロノロ歩行だ。
カッカッカッ―。
後ろに髪を束ねた若い女性が、光の速さで追い抜いて行く。
あんなに急いで何になるのだろう。
いや、ひょっとして、彼女の行く先にはすごくいいことがあるのかもしれないな。僕とは違って。
いいこと? いいことか・・・。
うしろ姿を目で追いながら、何の意図もなく動く頭をそのまま放っておく。やがて、一人の人物の顔が浮かんできた。
「赤羽君、システムの件、どうなった? え? もうなおしてくれたの? すごーい!」
頬をパシパシと両手でたたく。
さあ、今日も仕事だ。
「で? なおった?」
ミーティングが終わり、メールチェックをしようとした赤羽に、斜め後ろから声がかけられる。
振り返ると、浮間は、おめざのずんだ餅を食べていた。
「いえ、まだです」
赤羽は答えながら、自分の中で何かのメーターが下降するのを感じていた。
「あ、そうだ。そんなことよりさあ。昨日、王子君と飲んだでしょう」
「え? なんで知ってるんですか?」
「私の情報網を甘く見ないことね」浮間は不敵にほほ笑んだ。
「甘く見てはいないですけど・・・」
「次は誘ってよね」
「え?」
「次は誘えって言ってんの」
浮間はそう言うとにっこり笑い、ずんだ餅を2つ一気に口に入れた。
資料管理室の前で、大きく息を吸って、吐く。
ノックをすると、部屋の中からガタっという音が聞こえた。
どうぞ、という声を確認して、赤羽は中に入る。
「・・・なんだ。君か」
北浦は、ふいっと顔をモニターに向けた。サラサラの髪がなびく。キータッチの音が響く。
「き、昨日はすみませんでした」
「え? な、なにが?」
「あのー、せっかくVBAを教えていただけるというお話だったのに、ことわってしまいまして」
「ああ」北浦は再び赤羽をちらっと見た。「そういえばそうだっけ」
「実はそのう、あつかましいお願いだとは思うんですが・・・」
「教えてもらって来いバカヤロー、とか誰かに言われたか」
「いえ・・・あ、まあ、でも、近いことは」
「誰? 浮間?」
「あ、いえ。同期の王子っていうやつなんですけど」
赤羽は、昨日、王子にふるわれた熱弁について、記憶のある範囲で語った。
「あのイケメン君がねえ。ふーん」
「あ、ご存じですか」
「こんな小さい会社で、新人の顔わからないやつとかいないだろ。それはさておき」
「はい」
北浦の横顔に少しだけ笑みが浮かんでいるように、赤羽の目には映った。
「準備はいいか」
「はい?」
「VBAを始める準備はできてるのか、と訊いている」
「は、はいっ」赤羽は答えた。「・・・おそらく」
- つづく -