思いつき連載 VBA王子 ニューヨークへ行く #6
前回
#6
「なんでだよ」
王子は生ビール(三杯目)のジョッキをドンと置いて、言った。
「え?」
赤羽は、どの串がかしらだろう、と注意深く見比べながら、言った。
「VBA教えてくれるって言われたんだろ。なんで断るんだよ」
「ああ、そのことか」
赤羽は、串を一つ選び、食べた。かしらかどうか、よくわからなかった。
「まあ、なんというか・・・」
後ろのテーブル席から、どっと笑い声が上がる。
まだ18時をまわったところだというのに、二人のいる串焼き屋はほぼ満席に近い状態だ。客層はほとんどがスーツ姿のサラリーマン。今日がノー残業デーの会社が近くにたくさんあるのか、あるいは定時にあがれる人が多いのか。
威勢のいい店員の声。たばこの臭い。酔っぱらいの馬鹿みたいな笑い声。
学生の頃に通っていた居酒屋と似ているようでいて、何か雰囲気が違うな、と赤羽は感じていた。
「もう社会人なんだなあ。大人だ」
「お前、それ多いな」
「え?」
「こないだ行ったワインバーでも言ってただろ」
「だって、学生の頃、ワインバーなんて行かないだろうよ」
「行くわ、普通に」
「そうかなあ。まあ、営業だから色々な店に行くのか」
「学生の頃は営業じゃないけどな」
なるほど、と赤羽はホッピーを傾ける。王子は店員を呼び、生ビールを注文した。
「で、VBAやんないのか?」
「王子は結構、話をそらさせてくれないよね」
「俺は結構、そういう人間なんだ」
頼んだレバーやつくねはまだだろうか、と赤羽は思った。
「正直、いっぱいいっぱいなんだ。ようやく仕事を一通り覚えたところで、これ以上何か新しい情報が入ってきたら、その分出ていくに決まってる。プログラミングなんてやったこともないし、無理だよ」
赤羽は食べ終えた串を皿の上で回転させながらそう言い、ふうと息をつく。
なるほどな、と王子は頷いた。頬が少し赤い。
「ま、それは置いておいて、俺の意見を言わせてくれ」
「置いとくのかよ」
「俺は営業だから、色々な店で飲み食いもするし、雑多な情報にアンテナを張る必要がある。世の中の流行りとか、そうだな・・・うちの商品のことはもちろん、社内のどこの課がどんな仕事してる、とかもなるべく、広く浅く情報を収集するわけだ。ま、本当は広く深く、がベストだけど」
赤羽はナカを頼み、王子に先を促した。
「コンピュータが囲碁のトッププロに勝ったっていうニュース知ってるか? ちょっと前に話題になった。あとはそうだな・・・コンピュータが絵を描いたとか、小説を書いたとか。自動運転だってもうかなりのとこまで来てるらしいし、今はとにかく、テクノロジーの進歩がすごい時代なんだよ」
「まあ、なんとなくは知ってるけど」
「で、今、人間がやっている仕事をこれからは、どんどんコンピュータとか、ロボットに任せられるようになっていく」
「で、人間の働き口が減る」
「そういう一面もある。・・・で、あれ? 何だっけ」
王子はしきりにアゴに手をあて、首をひねる。何でもない仕草なのに王子がやるとサマになるな、と赤羽は思った。
「悪かったよ。話の腰を折って」
「ま、とにかく、プログラミングは面白そうだなってことだよ」
「ええっ。それだけ?」
それだけだっけ? と王子は腕を組んで首をひねる。
「うーん、おかしいなあ。もう一回はじめからやり直していいか?」
「いいよ、もう」
店員が通りがかり、赤羽はホッピーを頼み、王子は生ビールを頼んだ。
- つづく -